ドーナツアンプとトスカスピーカー

少し変わった君が、ソレをみんなに届ける話。

地球卵と無口なヒヨコ

久しぶりに漫画喫茶に行ってきた。

会員カードを見たら、ざっくり3年ぶりくらい…

 

親知らずとサヨナラをし、少しスッキリした気分と

痛み止めがないと、痛み止めを飲むという動作さえできなくなるくらい痛い。

一週間はこの痛みが続くとのことでビクビクしている。

痛みのせいで長時間は寝れないことや、食事も中途半端なので

あまりアクティブにはなれない中、自宅でおとなしくしていたのだが

飽きてきた。

痛み止めが効いていたおかげで、

「少しくらい外に出て気分転換できるんじゃないか」と思って勢いで行ってみた。

 

結果、3時間でギブアップ退散帰宅だった。

痛み止めの効果が切れてきて滞在の半分くらいは痛みが気になっていた。

 

とはいえ、今回びっくりしたことは「無人化」。

漫画喫茶もセルフで利用することができるように進化していた。

カードを機械にかざす。退出時もカードをかざして機械に入金して支払い。

 

こちらから話掛けなければ店員さんと一言も離さないで利用が可能だった。

 

先日行った映画館もそうだった。

窓口やカウンターでチケットを購入するのではなく、

タッチパネル式の機械でチケットの購入が可能だった。

 

どんどん人と話さない世界になっていってる。

 

 

ふと思ったこと。

僕は自分の感情を自分だけにゆだねてきたことが多かった気がする。

人と一緒にいるときに、人に自分の感情を任せずに

自分勝手に決めながら生きてきたような気がした。

 

人にゆだねるというのは例えば、

一緒にいる人が喜んでいたら自分も喜ぶとか

悲しむとか、怒るとか、「その場の空気」的な。

 

もちろん僕も相手の気持ちも考える。

喜んでいたら一緒に喜んであげたい。

しかし、それは「本当に喜べる内容かどうか」次第で感情が決まる。

なかには喜んではいけないような内容だってある。

 

水をさしたって、言わなければいけない時だってあったように思う。

 

人と関わらなくても自分の感情は確認できるが、

これだけ人と関わる機会が減っていくことには違和感がよぎる。

 

ビカクからメッセージがきた。

僕が送った荷物を受け取れないまま一週間くらいは自宅には帰れないので、

荷物が僕のところへ返ってきてしまうかもしれないから。

という内容だった。

 

遠征に出る前に受け取れるかな。と思って送ったのだが、

ニアミス、タイミングが難しかったようだ。

 

黒猫さんに事情を説明したところ、本来だったら送り主に戻ってしまうところを

ビカクが自宅に帰る頃まで営業所で保管してくれることになった。

 

ありがとう黒猫さん。

 

秋田、名古屋、大阪を移動して自宅へ戻る頃にはクタクタだろうと思う。

 

ビカクがこの一週間で見たり話したりする人間の数と

僕がこれからの一週間で見たり話したりする人間の数には

天文学的な違いがある。

 

そう考えると、なんとも言えない不思議な気持ちになる。

 

世界は色々、極端だなぁ。と思った。

 

 

 

 

 

 

 

メテオラ

朝7時。とても健康的な時間に目が覚めたな。と思い、

二度寝もできそうもなかったので起きることにした。

 

目覚めの日課。キッチンに行って水分を補給し、タバコに火をつける。

少しずつ細胞を動かす。

アプリのゲームをポチポチする日が多いのだが、

その日はニュースアプリを開いた。

 

Linkin Parkのボーカル、Chesterのこと。

 

網膜が殴られた気分だった。

 

もちろん、これまでにもこういうことはあった。

でもチェスターは僕の中では少し特別だった。

 

Linkin世代だった。ということもあるが、

働いていたレストランに来店した時の彼の対応は神だった。

プライベートで来ている彼に多くの人が声をかけた。

彼は笑顔で丁寧に対応していた。

バーで酔っ払った客の一人は不機嫌に

「お前、リンキンなんちゃらってバンドの野郎か」

何がロックスターだ。と吐き捨てた態度で。

チェスターはそんな酔っ払いにも笑顔で接していた。

「そうなんです。まだまだ頑張らないといけないんですけどね」

 

謙虚な人だった。

 

僕はタイミングを見計らって

「写真を一緒に撮って欲しい」とお願いしてみた。

チェスターは「みんなにバレないように、僕が外に出た瞬間に一緒に外に出て来て」

と小声で言って、口に人差し指を当てるジェスチャーをした。

 

ケータイにカメラがまだついていない時代。

ラッキーなことにお店にはポラロイドカメラが常に置いてあった。

 

僕にとっては有名人との初めての写真だった。

 

それがChesterで本当に良かったと思い続けている。

 

 

 

 

昨日、ビカクが電話をくれた。

単調な僕の「もしもーし」の後に発せられたビカクの一言は

「チェスター…」だった。

ああ。

心配してくれたんだ。

 

僕がチェスターの神対応っぷりに感動したこと

今まで会ったセレブレティーの中で一番ナイスだったこと

その写真。

 

さしづめ、チェスターのことで僕が落ち込んでると思って連絡をくれたんだと思った。

 

自分でも不思議なもので、チェスターのことで涙が流れることはなかった。

彼の苦悩を考えると胸が締め付けられることはあったけど。

 

ジョンがレッチリから抜けた時に涙した僕が

チェスターのことでは無水だったのは自分でも不思議だと思う。

 

多分、チェスターの残してくれた作品や

彼が僕に与えてくれた青春ってやつは

まだ生き続けるからなんだと思う。

 

そんなに簡単にいなくならない。

 

カッコイイとコケと3/4のサヨナラ

数日前から痛みはじんわり巣作っていた。

右の奥歯あたり。

歯が痛いのではなくて、歯茎がズーキズーキ鳴っていた。

歯磨きしたり、うがい薬でゆすいでみたり懸命な民間療法を開催したが

白旗ブンブンだった。

 

歯や歯茎が痛くなると、食事にも影響が出るし

頭や喉まで痛くなってくる。

右肩、右目まで痛くなり 普段なら朝日に挨拶してから寝る具合が

夜の9時には痛みから隠れるように寝た、次の日の朝、ヒラリとギブアップして

歯医者に駆け込んだ。

 

応急処置をし、次回親知らずとサヨナラすることになった。

4本あるうちの2本はもう抜いてある。

歯医者に行くと大抵、歯医者さんに褒められる。

「歯並びいいですね〜」と。

ありがたい。

しかし、おそらくアゴのサイズや形に親知らずが合っていない。

オヤシラズ。変な名前。

 

先週、ビカクは北海道に行っていた。

僕はワケあって「できれば」まりもをお願いしたい。と頼んでいた。

北海道産のまりもが必要だった。

 

ビカクは、北海道でなぜまりも?と気になったようだ。

まりもの原産が北海道だということを伝えたら納得していた。

 

僕は北海道へ行ったことはないが、そこらじゅうでまりもが売られているのを想像していた。

白い恋人、ロイス、じゃがポックル、まりもを北海道で入手するのはイージーだと思っていた。

そんなに安易なミッションではなかったらしい。

まりもは残念。という連絡がきた。

 

最近よく考えることがある。

1思っていることを言う。

2思っていることを我慢する。

 

どちらがいいのだろう。

 

バランス、状況、ケースbyケースだと言うことはわかっている。

 

でも考える。極論、どっちがカッコイイのだろう。

 

摩擦を恐れ、自分の意見を言わない人も少なくない。

関わらないことを選ぶ。

 

我慢できないのも器の問題。

受け流したり、傍観することも重要。

 

ふと思うことは、

言わない人は割と「言う」人を褒めたりすることがある。

言う人は「言わない」ことができる人をすごいと思う。

 

確実にどちらかが◯でXということではないのかな。とか思ったりする。

 

どっちがいいんだろうな。

 

てなことを3/4のサヨナラの前に考えたりしてる。

 

蝉の抜け殻が渋滞している枝を見つけた。

 

の割には合唱は聴こえてこない。

 

 

朝空絵の具

最近、睡眠時間帯が未知数。

ダリの絵画に出てくる溶けた時計みたいに頼りない。

 

どれだけ寝てなくても夜は眠くなく、

何時間寝た後でも夕方になると世界中の夜がまぶたに集まってきたみたいに寝てしまう。

見事な夜型。

これが逆だったら健康的なのに、トライしても夜は冴え冴える。

 

利点としては美しい朝の空が眺められること。

夕焼けも綺麗だけど、夜の訪れの合図とはまた違った粒子が広がり始まる空は

雨上がりの散歩でふと活気をくれる木々の香りに似ている。

 

7月に入り、世の中は夏。

ビカクにとっては忙しい時期に突入した。

「今頃、京都にいるんだろうな」

と思いながら、僕はたまに発動する「家を片っ端から片付ける」を行っていた。

改めて思う。こんなにたくさんの物が必要なのかと。

増やさないように努めてはいるが。

 

移動が多くなるビカクに伊藤計劃の小説「ハーモニー」を送った。

ちょうどいい本な気がしていた。塩梅というか。気分というか。

 

夕方に電話をくれたビカクは小説を気に入ってくれているようで

安心した。

もう半分読んだらしく、そこまでのストーリーについて話しをしてみた。

うん。ちょうど半分くらいだった。

 

気がついたことがあった。

あの人はこの本、気にいるだろうな。という本を贈ると、

なんてことない時間や距離が楽しみになる。

 

読み始めてくれたかな。

楽しいって思ってるかな。

今どの辺かな。

読み終わったら、どんな話をしよう。

 

一人で過ごす時間やある程度の距離があるからの機会なのだとも思う。

 

小説の話を前菜に、いろんな話をした。

「他人にどう思われても気にしない」の範囲。

僕が納得のいかなかった物語の展開。

(ビカクはそれはそれで受け入れていた)

ゲームの話。

(キャラの育成方法等)

親。

子供。

平和。

疑うこと。

信じること。

 

僕は人の話を聞く時に、どこか話半分で聞いているところがあると思う。

真剣には聞いているが、赤身の部分だけ聞いて脂の部分は流している。

 

ビカクの話に関しては、一語一句聴き漏らさまいとしている自分がいる。

今の彼が彼であることや、僕が僕であることを一番感じることができるからだと思う。

 

世間的には「サブカルチャー」なものを「カルチャー」として過ごしてきた僕らには

一人で建設できるモノと

共有してこそ成り立つものが在るような気がする。

 

今でも疑問に思う。

果たしてソレは本当にサブなのか。

メインはいつも心であるはずで

そこに触れた以上、サブではないんじゃないかって。

 

きっとそれは重要なことではないのだろうけど。

響くか否か。ってことで。

 

次のビカクのデスティネーションは北海道。

湿度も気温も本州より過ごしやすそうだなと想像する。

 

夏はまだ始まったばかり。

 

 

 

seed, dirt, water and sun

僕が考えつかないアイデアをいつも与えてくれる。

 

それは何気ない話の中でのことだったり

真剣な話だったり

ジェットコースターの話だったり

入り口と出口の話だったり。

 

内側と外側を行ったり来たりしながら話しをする。

 

今回、僕は悩みがあってビカクに相談した。

誰かを深く悲しませてしまうかもしれない状況を僕は恐れていた。

 

悲しむことも現実なのであれば それを突きつける仕方なさも

受け入れなければいけないのかもしれない。

しかし、それはあまりにも安易なことに感じた。

だから世界は変わらないような気がして僕が作りたい世界とは違っていた。

 

受け入れることも当然のように必要とされる

でも物心がついて少し過ぎたくらいから疑問を感じることが多かった。

ならせめて、自分の範囲の世界くらいは変えていきたいと。

 

必死になり過ぎていたことに気づかせてくれたのはビカクの言葉だった。

ここ数年、僕がみていた物語の登場人物達の多くは

泣いたり、わめいたり、絶望の中だったり、たくさん傷着いたり

命を削りながら守るもののために戦っていた。

 

今の時代はそれが美徳とされているのかもしれない。

物語として成立しやすいのかもしれない。

 

兎にも角にも みんな必死だった。

必死じゃないといけないと思っていた。

笑顔なんてなかった。

 

僕は笑うことを忘れていた。

 

 

彼が僕に託してくれたことは

「笑って戦うこと」

 

それが僕らしいとさえ言ってくれた。

 

ずっと忘れていた。

 

笑顔で戦う。という感覚。

 

どうせ戦うなら 笑って挑むこと。

 

僕が「ちゃんとしなきゃ」と言った時、

「もうじゅうぶん「ちゃんと」やってるんだよ」

と言われた時、初めて「ちゃんと」心臓が自分の体の一部だと受け入れることができた感覚があった。

 

まだ足りない。

もっとちゃんとしなさい。

あなたには出来ない。

 

染み付いていた色が抜けていった。

 

呼吸している自分を受け入れられるようになった。

 

笑って戦う自分も準備できた。

 

ビカクからもらった木材でテーブルを作る。

針と糸で服を縫う。

紙に絵を描く。

種で恵を愛でる。

 

「方法」はもらった。

あとは僕が最高にそれを使いこなす。

 

 

新呼吸

僕の部屋の観葉植物、トネリコの枝が揺れている。

 

窓を開けているわけではいないから風の通りでは無くて

 

見るたびに新芽を増やすこの時期、今もきっと光合成長中なのだろう。

 

そんなトネリコに背中を押されてか、数年ぶりにビカクに電話をかけた。

 

今連絡しないといけない気がした。

勢いだけではなかったし、もちろんたっぷり躊躇もした。

たくさんの選択肢の中から「電話をする」というピースが動きたがっていた。

 

数回鳴ったプルルは留守番電話に繋がった。

一発目で繋がることはないだろう。と思ってはいたから

自分の行動にだけ冷静を保つよう、鼓動を整えていたら

折り返しかかってきた。

 

久しぶりのその声を僕は懐かしんだ。

 

再放送でもリバイバルでもない新しくも懐かしいその存在が嬉しかった。

 

知った花が種を付け、一度土に埋めたそれがまた花をつけたような。

 

多少、強引な僕の気持ちに体の一部を傾けてくれたことに感謝した。

 

元気そうで安心した。

 

不満もあるようで安心した。

 

相変わらず新しい彼で安心した。

 

 

電話を切った後、僕は前に進めた気がした。

 

うー。と音を鳴らしている冷蔵庫をなだめるように手を当てた。

 

大丈夫だよ。いつも胃袋を支えてくれてありがとう。

 

その日は眠れなかった。

 

きっと起きているほうが幸せだと体が感じたからだろう。

 

新しい呼吸に体を慣らしながら。

 

 

 

 

 

 

 

#10 サンバ、エイサー、ヨサコイ

祭りをテレビで見ていた。

浴衣で屋台。なお祭りではなく、地域活性化系の昼間のフェスティバルのようなお祭り。

交通規制で歩行者天国になった道路を様々なグループがパレードをしていく。

ブラジルさながらの衣装をまとって踊るサンバ。

太鼓を脇腹に抱え、器用に動き回るエイサー。

鳴子がカタカタと小気味の良いよさこい

 

どれもリズムが心地良い。

 

祭りって、ダンスって、民族って、儀式ってリズムなんだよなぁ。

なんて思いながら。

 

幼稚園生のおチビちゃんたちも一生懸命参加していて、可愛かった。

旗を振っている子や踊っている子やお神輿を担いでいる子。

 

吹奏楽ブラスバンドバトントワリング

見ていると華やか。

 

うたた寝から意識が戻りつつ鼓膜をくすぐったのは、付けっ放しになっていたテレビから流れてきたTHE BOOM島唄だった。

 

昼間、エイサーを見ていたので「夏が近づいてきた」感を感じながら

ふと現実に引き戻された。

 

ビカク元気かな。と。

 

基本的にいつも考えてはいるけど、雲のようにふわふわとしている。

 

昔話しをしていた時、ほとんど邦楽を聴かないビカクが島唄は好きだと言った。

クラスメイトに借りたことがあって、あの曲は好き。と

 

思い出した。

 

あと10年経ってビカクから連絡なかったら、こちらから連絡してみよう。

なんて考えながら二度寝するかどうか迷った。

 

きっと10年経ってもTHE BOOM島唄は名曲だ。